CONCEPT
ARCHITECTURE
建築コンセプト
建築コンセプト
1979年設立。福井県内トップクラスの総合設計事務所として、意匠をはじめ、構造設計も含めた総合的な観点から、お客様と「共に創る」ことをミッションとしている。県内を中心に、市役所や駅前広場といった公共物件、学校・医療・福祉施設など、地域の大きなプロジェクトの実績が多く、芦原温泉駅 西口賑わい施設 「アフレア」にてふくい建築賞2025最優秀賞、越前町庁舎にてふくい建築賞2024奨励賞を受賞している。
設計担当者
木下 貴之
藤田 陽一
福井市河増町に広がる総面積約8.4haの工業団地「FEiA KOMASU(フェア コーマス)」。2021年、この場所に、ニホン・ドレン株式会社の新社屋を建設するプロジェクトがスタートしました。新社屋の設計において最も重要なテーマは、ニホン・ドレン社のコンセプトである「水とたたかう。」。2022年3月、私たちはこのテーマに基づき、会社の新たな象徴となるような、革新的で意匠性の強い建築を目指してプロポーザルに参加しました。
最初に提案したのは、まるで水に浮かぶようなボックス型の建物。「水とたたかう。」というテーマを具現化するための大胆なデザインでした。数社のなかから設計者として選定していただいたものの、ニホン・ドレンのブランディングを担当されているオルグワークスの村中智宏さんから「意匠だけを追求するのではなく、機能性とデザインが一体となった建築を」とのフィードバックをいただき、再度プランを練り直すことになったのです。
最初に提案したプラン
その後、ニホン・ドレンの製品である「アーチ・ドレン」を参考にした土中に埋まるような設計を提案したり、建物とランドスケープが一体化して、歩いて屋上に登れるようなダイナミックなデザインを試みたり…。どの案も製品との関連性や機能性を深く掘り下げていきましたが、いずれも予算的に厳しく、最終的にはすべて却下されました。その時のプレゼンテーションの重い雰囲気を、今でも鮮明に覚えています。
残念ながらボツになった案も
思い入れのあるものばかり
その後、内藤社長に「もう2週間だけお時間をいただけませんか?」とお願いし、再び試行錯誤を繰り返しました。最終的に提案し、採用されたのは、屋根から斜めに何本もの細長いルーバーを架けるデザイン案。ルーバーは採光や通気性を確保するだけでなく、風や日差しを遮るなど、さまざまな機能を兼ね備えています。さらに、ルーバーに穴を開けることで、雨水を屋根から落とす仕組みも実現できるのではないかと考えたのです。
環境との調和をコンセプトにした
ルーバー案に決定した
最初の段階では、まだこの雨水の仕組みは明確には描かれておらず、ただ「雨を通したら面白いな」とぼんやり考える程度でした。軒先から水が滴るイメージはあったものの、それが具体的な機能としてどのように表現されるかまでは決まっていなかったのです。しかし、このアイデアが最終的には機能性とデザインを融合させる最適なプランにブラッシュアップされていくことになります。
打ち合わせを進めていくうちに、村中さんから「ランドスケープデザインを取り入れた方がいいのでは?」という意見をいただきました。
確かに、この規模のランドスケープになってくると、建築設計事務所だけでは手に負えない部分が増えてきます。そこで、ランドスケープデザイナーを探し始めたところ、福井市の「NICCA イノベーションセンター」でランドスケープの設計を手がけたスタジオテラさんの記事を目にし、これだ!と思いました。
すぐにスタジオテラさんに連絡しようと、ホームページのお問い合わせフォームから建物の規模やお客様の要望などを伝え、建物のCGも送付しました。しかし、面識がない上に突然の依頼。正直なところ、断られる可能性が高いと感じていました。ところがその後、代表の石井秀幸さんから「ぜひやらせてください」との返答をいただいたのです。これをきっかけに、プロジェクトは一気に進展していきました。
屋根のルーバーから雨水を落とすアイデアは、初期から提案していたものの、実際に実現できるかどうかは半信半疑でした。しかし、石井さんとやりとりする中で、「このアイデア、すごく面白いですよ。ぜひやりましょう!」と背中を押され、実現への自信を深めました。これまでの不安が一気に解消され、さらに面白いものにできると確信できた瞬間でした。
ルーバーから雨を降らせることによって潤い、
繁栄する屋上庭園
その後、石井さんから「地中の水をミツバ・ドレンで集め、屋根まで通して、ぐるぐる循環させてみてはどうですか?」という提案がありました。このアイデアは、サステナビリティの観点からも非常に魅力的で、さらに実現に向けた道筋が見えてきました。こうして、屋根のルーバーから雨を落とし、雨水を循環させるというアイデアが形を成し、「雨を纏う」というコンセプトが誕生しました。
新社屋はこれまで別々の拠点だった事務所と工場が一緒になります。その後、1階が製造を担う工場、2階が営業や事務職のオフィスとなる平面計画が着々と進んでいきました。屋上庭園とオフィスの空間をどのように仕切るか、ゆるやかなグラデーションをつけることができないかなど、試行錯誤を繰り返しつつ、平面計画は固まりつつありました。しかし、石井さんから「設計側だけで考えるのではなく、実際にこの場所で働くニホン・ドレンの社員の意見を聞いてみては?」というアドバイスを受け、一旦立ち止まることに。
2022年11月、私たちはニホン・ドレンの社員とともに、フリーアドレス制を採用している「NICCAイノベーションセンター」や福井キヤノン事務機販売株式会社のオフィスを見学。その後ワークショップを実施しました。
製造や事務など職種の壁を越え、
活発な意見が出たワークショップ
ワークショップでは、社員の皆さんに「どんなオフィスがいいか」を付箋に書いて貼り出してもらい、多くの意見が集まりました。しかし、工場で働く社員の一人が「私たちには関係ないので」と話した言葉が心に残りました。その言葉を聞き、私は1階の工場で働く社員と2階の事務職が交わる空間を作る必要性を改めて感じました。工場とオフィスが一体となり、社員同士の交流が生まれるような社屋でなければならないと強く実感したのです。
ワークショップで出た社員の意見を反映しながら、私たちは再度平面計画を見直していきました。社屋のデザインは、入り口から大きな階段を上がると2階につながるオープンな空間が広がっており、空気の流れをどう考えるかが重要な課題となりました。またオフィススペースは西側に向かって大きなガラス開口が取られており、西日の影響の懸念もありました。そこで、石井さんを通じて、京都工芸繊維大学の特任准教授である菅健太郎さんをご紹介いただきました。
環境設備計画の
プロフェッショナルである
菅健太郎さん
エントランス部分は大階段が1階と2階をつなぐ。
オープンな空間のため空気の流れがより重要になる
菅さんからは、効率的な空気の循環方法や、断熱効果を高めつつ日射負荷も低減できる中庭のような中間領域を活用する方法など、数多くの貴重なアドバイスをいただきました。そのアドバイスをもとに、西日を防ぎつつ光を取り入れるために、1階に中庭を設け、2階までゆるやかに繋がる吹き抜けを作るという提案をしました。これにより、工場の無機質な空間に緑が加わり、吹き抜けを通して1階と2階の双方からお互いの様子が少し見えるようになり、社員同士のつながりを感じやすくなると考えたのです。この計画について、菅さんからも高く評価していただき、非常に嬉しかったことを今でも覚えています。
光を取り入れ植物で加熱を抑制する中庭
スタジオテラによる中庭のスケッチ。
1階からも2階からもお互いの様子がわかる
実施設計がスタートした後は、弊社の元スタッフの野中さん(現サイトウバンキンスタッフ)に協力いただきながら、ガルバリウム鋼板でモックアップを作成し、雨を降らせるルーバーの検証を何度も行いました。その結果を踏まえ、実施設計段階におけるおおよそのルーバー形状を決定しました。
工事が始まってからは、屋外に実際に使用するアルミ材の大きなモックアップを組み立て、実条件に近い環境でひたすら検証を続けました。スタジオテラの石井さんや担当の渡邊さんにも立ち会っていただき、雨を降らせるルーバーの検証を何度も行いました。水滴のようでも滝のようでもなく実際の雨のような情景をつくるために、まずは1メートルほどの小さなモックアップを使って実験を行い、その後、どのくらいの水量をルーバーに流すのが適切か、ルーバーに開ける穴の大きさやピッチも最も雨のように見えるサイズに決めるまでミリ単位で調整を繰り返し、理想的な雨の流れを再現した完成度の高いルーバーシステムを作り上げることができました。
実験のために組まれた足場に、
原寸大のルーバーのモックアップを設置
穴の大きさや間隔、
水量や勢いによっても水の落ち方が変化する
プロジェクトが進行する中で、予算の減額やプランの変更など、いくつもの壁が立ちはだかりました。特にルーバーのデザインに関しては、打ち合わせのたびに「今日こそ、変更と言われるかもしれない」と危機感を抱いたことは一度や二度ではありませんでした。
また、2024年3月から着工した工事では、屋根に架かるルーバーを支える鉄骨の形状が非常に複雑で、構造的な調整が必要となり、工事の進行が1ヶ月ほど遅れることになりました。納期の調整に関しては頭を悩ませましたが、施工を担当してくださった石黒建設の皆さんには本当に尽力していただき、そのおかげで工事が着実に進みました。この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。
快晴のなか行われた地鎮祭
尽力いただいた石黒建設の山本所長
そして、2025年5月、無事に竣工を迎えた「RooP」を目の前にした時、これまでの苦労が一気に報われたように感じ、胸が熱くなりました。このプロジェクトを通じて、さまざまな困難を乗り越えたことが、最終的に一つの形として実を結んだことに、大きな達成感を感じています。
完成した新社屋に社員のみなさんが集う
「RooP」は無事竣工を迎えましたが、私たちがこの建物に施した数々の工夫がうまく機能し、その成果が実を結ぶ瞬間こそが本当の意味での完成だと考えています。建物はただの物理的な構造物にとどまらず、その使い方、活用のされ方によって、より完成されていくものであると信じています。5年後、10年後、庭園の緑がさらに豊かになり、ニホン・ドレンの社員の皆さんがこの空間を自由に使いこなし、働きやすい環境が整って、笑顔あふれる交流が生まれていることを願っています。そのために、建物が完成した後も、私たちは継続的に検証を行い、より良い環境を作り続けていきます。「RooP」がニホン・ドレンの未来に向かって、さらなる成長と進化を支える重要な拠点となることを確信しています。